舌痛症の診断

舌痛症の診断

「きっかけと原因」でお話しましたように、舌痛症は未だはっきりした原因は不明とされています。一種の神経痛、どちらかといえば中枢が関与しているという考え方が一般的ではありますが、様々な要因が関連した多因子疾患とされています。そのような本症の性質上、これをやればはっきりわかりますというような特異的な検査や、はっきりと確立した診断基準は存在していません。

国際頭痛学会による診断基準が取り上げられることがあります。 “3か月以上持続する表在性の灼熱感。粘膜の外観は正常で検査結果に異常を認めない。他の疾患の診断基準にあてはまらない。”とされています。これはその通りなのですが、臨床上かなりアバウトなもので、残念ながら実際の診断の際にはあまり有用ではありません。学会のものではありませんが、国際的にはその他有用な診断基準がいくつか提唱されており、なかでもScaraらが提唱する基準が、概ね国内外のコンセンサスに合致しており、より有用であると考えます(表1)。

舌痛症は除外診断と言われます。これは、舌の灼熱痛を来しうる局所および全身疾患によるもの、すなわち二次性の舌痛症の“除外”を指します。これにあてはまらない一次性の舌痛症(真性の舌痛症)を一般的に舌痛症といいます。諸外国ではburning mouth syndrome(口腔内灼熱症候群)と呼ばれます。これを検索すると、人の口から炎が出ているような写真が出てくると思います。世界中に同様の症状の患者さんがいらっしゃるということです。

教科書的には局所および全身疾患の除外は徹底的に行うべきとされています。ただ臨床的にすべての検査を網羅的に行うことは非現実的で、時間と多額の費用を費やすことになりますし、その必要性もありません。個々の患者さんごとに必要と思われる検査を過不足なく行うことが重要です。

まずは、口腔内の丹念な診察が欠かせないのは言うまでもありません。最も舌や粘膜を傷つける原因になりうる歯牙や義歯の状態もしっかりと確認します。その上で、我々は、除外診断に有用な検査(表2)も適宜参考にしながら、重篤な問題に繋がるような器質的疾患(表3)の除外を行い、多くの舌痛症の患者さんの臨床的特徴をもとにした下記の“チェックリスト”(表4)にどの程度あてはまるかを考慮して診断していきます。

表1:Scaraらが提唱する基準を一部修正したもの

基礎的診断基準
持続性の口内粘膜(両側性) 深部灼熱感
器質的原因の除外、臨床検査値が正常
少なくとも4−6ヶ月の灼熱感
強度は恒常的か、日中継続的に増強する
部位が移動する
飲食や会話で症状が悪化しないか、改善することもある
睡眠を干渉しない
付加的診断基準
味覚障害や、口腔感想を併発する
感覚か科学的感受性の変化
口苦内緒地が発症の契機となることが多い

表2:鑑別診断に有用な検査

  1. 血液検査:ビタミン欠乏、糖尿病、貧血、自己免疫疾患
  2. 唾液分泌量:唾液腺疾患、シェーグレン症候群
  3. カンジダ培養検査:口腔カンジダ症
  4. ウィルス抗体価:ヘルペスウイルス
  5. パッチテスト:歯科用金属アレルギー
  6. MRI検査:三叉神経痛、脳腫瘍など脳器質的疾患

実際は、これら教科書的に羅列されている項目が検出されることは極めてまれです。患者さん毎にに必要性を見極めて検査を行います。

表3:見逃せない3つの疾患

  1. 悪性腫瘍(口腔癌)
  2. 認知症
  3. 三叉神経痛・舌咽神経痛

見逃すと重大な問題になる上記の3項目は注意が必要です。①には口腔内粘膜と歯牙や義歯の丹念な診察、②にはMRI検査や長谷川式スケール、③にはやはりMRI検査が必要です。

表4:診断の参考になる舌痛症のチェックリスト

  1. 飲食には支障がないことが多い。アメやガムで和らぐことがある
  2. 症状は、午前中は軽度で午後になるにつれて悪化する
  3. 痛む部位が移動する
  4. 何かに熱中している間や食事中はまぎれている
  5. 会話や疲労、ストレス、睡眠不足などで悪化する
  6. 消炎鎮痛薬、ステロイド軟膏、含嗽剤などは無効
  7. 味覚障害や口腔感想を伴う
  8. がんを心配している
  9. 熱い食事や刺激物が「しみる」
  10. 灼熱痛・しびれ感の他に、「歯にこすれる」「渋柿のシブのような」「ざらざら」「ネバネバ」などの不快感を伴う

これらチェックリストのなかで、①の食事に問題がないかは器質的疾患を疑う上で特に重要です。⑨のように“熱いものや辛いものが食べられなくなった”と訴える方は多いですが、日常的にご飯とみそ汁が食べられるのであれば器質的疾患は考えにくいと思います。ご高齢の方の場合は、実際の食事摂取の確認は重要です。

さらに、②や③の症状の変動性は、この病気の特徴的なところです。夕方から夜に悪化したり、何かに集中するとまぎれるなど日内変動性や、部位が移動したり定まらないなどがあれば舌痛症である可能性は高いと思います。

ここまで読まれて結局何がなんだかわかりにくい、とお感じの方も多いと思います。そんな方々のためにお作りした、下記の〈舌の痛みを起こす病気についてのフローチャート〉を参考にして頂ければと思います。口腔外科や、耳鼻科、内科、心療内科など隣接各科との連携が必要な場合がありますが、“どこに行ったらわからない”、という場合でも遠慮なくご相談ください。

このようにして、我々は様々な原因を考えながら慎重に検討して診断に至ります。最後は、お口の痛みや不快感にどれだけ向き合ってきたか医療者側の経験がものを言うのではないかと考えています。

文献
Scala A, et al : Update on burning mouth syndrome: overview and patient management. Crit Rev Oral Biol Med 14(4):275-91, 2003.

Gurvits GE, Tan A. :Burning mouth syndrome.World J Gastroenterol. 19(5):665-72, 2013.

豊福 明: 高齢者の舌痛症 高齢者のみみ・はな・のど診療マニュアル. ENTONI 11; 225 41-45, 2018.