非定型歯痛 / 顔面痛(非歯原性歯痛)

非定型歯痛とは?

歯痛はお口の症状の中でも最もなじみ深い症状です。
歯痛はお口の症状の中でも最もなじみ深い症状です。一般的には、「歯髄炎」や「歯周炎」 によるものがほとんどで、抜歯や抜髄(歯の神経を取る処置)といった通常の歯科治療で劇的に改善するとみなされています。

しかし、実際には処置をいくら繰り返しても頑固に続く「歯痛」が少なからず経験されます。このような歯科治療後や抜歯後にも続く、原因不明の頑固な歯痛は「非定型歯痛(atypical odontalgia)」と呼ばれています。(IASP分類:Ⅳ-5、ICHD-Ⅱ:13.18.4、ICD-10:G44.847)。

従来から顔面における神経線維の走行や存在とは一致しない、不規則で慢性持続性の疼痛症は「非定型顔面痛(atypical facial pain)」と呼ばれており、「非定型歯痛」は、その中でも歯や歯肉、抜歯した部位を中心とするものとされています。

先に述べた通り、抜髄や根管治療など歯科治療を契機に発症することが多く、歯内治療を受けた3%から6%の患者に発症するといわれています。

文献

Melis, M., et al.: Atypical Odontalgia: A Review of the Literature. Headache 43: 1060-1074, 2003.

非定型歯痛の症状

この症状は目に見える歯科的な所見や検査の異常に乏しく原因不明のため、一般の歯科の先生も悩まされます。

痛みは、通常持続性で、自発性の鈍い痛み(鈍痛)として表現されます。痛む部位はしばしば移動し、歯のない歯茎の部分や上下のあご、さらには顔面にまで拡大することもあります。

時には焼けるような、鋭い、脈打つような痛みとして感じられることもあります。何ヵ月も何年も持続しつつ、急激に痛みが悪化することもあります。

痛みで睡眠が障害されることはほとんどありませんが、朝目覚めると再び痛みを感じるようになります。食事や会話などにもほとんど障害ないことが多いのですが、まれに食べ物をかむと悪化するタイプの方もいます。どちらかといえば、1人でじっとしているときのほうが悪化します。また、比較的女性に多く、20代 から70代まで幅広い年齢層で発症しますが、中高年層に多く見られます。

わが国では歯科の受診率の高さなどから、すでに何らかの処置を受けている場合が多く、完全に歯そのものの原因がないと断言できる症例のほうが少ないです。顎骨骨髄炎(あごの骨の炎症)などとの鑑別、複雑な歯の構造による根管治療自体の難しさ、処置後の根尖病巣(歯の根っこの先の膿)の存在などが、さらに鑑別を難しくさせます。

発症のきっかけや治癒の経過も症例によってさまざまで、いわゆる「心因性」の様相を呈することもしばしばあります。しかし、治療者側が「心理的なもの」といった対応をすると患者側としては不満や不信感を抱き、トラブルに発展する場合もあります。

非定型歯痛の治療

日本歯科医学会では、非定型歯痛の診断と治療のガイドライン案を策定しました(豊福 明,安彦善裕,松岡紘史,他:“心因性”の非定型歯痛の診断・治療ガイドラインの策定.日本歯科医学会誌32:63-67,2013)。
本症の治療に関しては抜髄や抜歯などの侵襲的処置よりも、鎮痛補助薬として抗うつ薬が推奨されています。

歯痛や顎関節痛などの口腔顔面痛に対する治療法としては、三環系抗うつ薬がもっともエビデンスが高く、私たちもアミトリプチリンを広く使用しています。奏功例では服用後4,5日程で効果が実感され、1ヵ月前後で約70%の疼痛軽減が得られます。
そこで中断すると再燃することもあるため、維持療法として数ヵ月はそのまま服薬継続することを薦めています。
当院ではおおむね半年から1年前後は服薬し、次第に漸減するようにしています。

非定型歯痛の場合、抗うつ薬に対する忍容性(副作用に対する許容度)が低い傾向があり、さらに治療反応性や副作用なども個人差が大きいです。
そのため、最初はごく少量(10mg/日)から開始していきます。
また高齢者の場合、心気的な傾向が高まり、些細な副作用に捉われてはさまざまな身体的愁訴を繰り返すため、対応に苦慮することがしばしばです。治療導入や服薬の継続が困難な場合には、補助的に心理療法も併用します。

近年ではセロトニンノルアドレナリン再取り込み阻害薬(Serotonin Noradrenaline Reuptake Inhibitor:SNRI)やノルアドレナリン・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(Noradrenergic and Specific Serotonergic Antidepressant:NaSSA) の有効性も報告されています。
しかし,患者ごとに脳内で起こっている変化が微妙に異なる部分があると推測され、本症の処方レジュメは未だ確立されていません。
複雑で多様な脳内の神経回路の機能障害を臨機応変に推察し、副作用などにも敏速かつ適切に対処するには、相応の知識と臨床経験に裏付けされた判断力が必要になります。

さらに、先に述べたしたような患者さんの不信感、不安感などを払拭しながら、有効な薬物治療へ粘り強く導入していく姿勢が欠かせません。
時には患者のペースに合わせてきめ細やかに処方を調整し、併行して怒りや不安も処理していくといった心身医学的な配慮・技法が治療上重要になります。

このように本症の患者さんには特有の歯科医療への不信感、怒り、猜疑心、予後に対する不安など心理面への配慮が必要であり、心身症的な側面が否めない場合もしばしば経験されます。
こうしたことから、歯科医療はもちろん、心理療法や薬物療法にまで精通した歯科心身医学の専門家が本症の治療に関与することが重要ではないかと考えています。

文献

竹之下美穂、吉川達也、他:当科を受診した非定型歯痛の2例.日歯心身23.1・2号2008年12月

非定型歯痛の原因

今のところ、はっきりとした原因は明らかになっていません。したいまして、「特発性」の歯痛と呼ばれることもあります。実際のメカニズムの仮説としては、中枢から抹消までの痛み神経に機能の障害が起きているのではないかと考えられています。
また、うつや不安など精神疾患との関連はまれです。のちにも触れますが、頭痛の既往のある方が多く、脳が痛みに敏感な体質が関与しているのではないかとも考えられています。歯の治療が「きっかけ」になることが多く“あの時の治療のせいで”などと過去の歯科治療を「原因」と考えてしまいがちですが、それが原因では決してないということをご理解頂きたいと思います。

文献

米国口腔内科学会サイト
豊福 明: 歯科口腔領域の慢性疼痛-歯科心身症を中心に-.ペインクリニック 29:391-399,2008.

非定型歯痛の治療について

現時点では、薬物療法が一般的で、なかでも抗うつ薬や抗てんかん薬による治療が頻繁に行われています。特に三環系抗うつ薬が世界的にも最も定評があります。お口の痛みの治療に抗うつ薬と聞くと、最初は皆さんびっくりされますが、現在では頭痛の予防薬や、慢性の腰痛など整形外科領域でも使われています。抗うつ効果を狙ったものではなく、疼痛の軽減作用を狙って使われるということなのです。
その用量もメンタルの症状に使う場合にくらべ極めて少量で効果を示すことが多いです。用量が少ないため、心配される副作用もほとんど出ない方が多く、依存性もありません。ただし、治療の導入や服薬の継続が困難な場合もあり、補助的に簡易な心理療法を併用することが効果的です。
より詳しくは非定型歯痛の治療法についてをご参照ください。

近年、上顎大臼歯や顎関節部の慢性疼痛が、群発頭痛や片頭痛に伴って出現する症例が報告されています。

その機序として、片頭痛発作を繰り返すと、脳の興奮状態が持続し、次第に頭痛以外の過敏症状が出現すると考えられています。このような病態に「脳過敏症候群」(清水俊彦:片頭痛の急性期治療Modern Physician31:948-951,2011)という概念が提唱されており、非定型歯痛の症状を呈する可能性も指摘されています。

特に上顎臼歯部の歯痛を訴える患者さんでは、歯痛と頭痛の関連を慎重に判断する必要があります。

①歯痛と頭痛の発作が同時に生じる
②頭部顔面のアロディニア症状がある
③めまいや頭重感を伴う

等、「脳過敏症候群」との関連が疑われる場合には、早期に頭痛専門医と連携することで、より適切な治療が可能になります。

文献

梅崎陽二朗、他:歯痛・顎関節痛. Modern Physician Vol.34(1),2014.

症例・論文・考察

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