非定型歯痛の治療法

治療法

現時点では、薬物療法が一般的で、なかでも抗うつ薬や抗てんかん薬による治療が頻繁に行われています。特に三環系抗うつ薬が40-50年前から使われており、世界的にも最も定評があります。
お口の痛みの治療に抗うつ薬と聞くと、最初は皆さんびっくりされますが、現在では頭痛の予防薬や、慢性の腰痛など整形外科領域でも使われています。抗うつ効果を狙ったものではなく、疼痛の軽減作用を狙って使われるということなのです。
その用量もメンタルの症状に使う場合にくらべ極めて少量で効果を示すことが多いです。実際に、1/5程度から多くても半分の用量で十分な方がほとんどです。用量が少ないため、心配される副作用もほとんど出ない方が多く、依存性もありません。ただし、治療の導入や服薬の継続が困難な場合もあり、補助的に簡易な心理療法を併用することが効果的です。

代表的なお薬の一つである三環系抗うつ薬のアミトリプチリン(トリプタノール)は我々も多く使用しており、副作用の代表的なものは眠気、口渇、便秘などです。用量は10㎎程度のごく少量でも効果を認めることがあり、おおむね30から40㎎程度が平均的な適量になっています。用量が少ないため、先ほどの副作用もあっても軽微な範囲で、継続することで気にならない程度になります。
近年では、三環系抗うつ薬の副作用を改良した、セロトニンノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)やノルアドレナリン・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA) などの有効性も報告されています。
これら抗うつ薬に加えて、少量の非定型抗精神病薬が有効であるとする報告もあります。
 また、神経障害性疼痛治療薬である、プレガバリン(リリカ)や、抗てんかん薬のガバペンチン(ガバペン)もしばしば使用されていますが、効果はやや弱い印象があります。
 このように使用されるお薬の選択肢は様々ですが、患者さんごとに脳内で起こっている変化が微妙に異なる部分があると推測され、非定型歯痛への処方レジュメは未だ確立されていません。複雑で多様な脳内の神経回路の機能障害を臨機応変に推察し、少ないながらも万が一の副作用なども敏速かつ適切に対処するには、相応の知識と臨床経験に裏付けされた判断力が必要になります。

本症の患者さんには特有の歯科医療への不信感、怒り、猜疑心、予後に対する不安など心理面への配慮も必要であり、心身症的な側面が否めない場合もしばしば経験されます。こうした不信や不安の理解なしに患者の性格や深層心理などに原因を求めることや、単に「痛みがあっても上手に付き合っていきましょう」といった姿勢では患者の信頼を得ることは難しいでしょう。
したがって、まずは歯科医師が,患者が主訴にしている「歯の問題」に耳を傾け、一緒に解決法を検討していくという姿勢が、それまで「気のせい」などと一蹴され、不満不信を募らせてきた患者の安心につながり、治療をスムーズに運びやすくすると思われます。こうしたことから、歯科医療はもちろん、心理療法や薬物療法にまで精通した歯科心身医学の専門家が本症の治療に関与することが重要ではないかと考えています。痛みが続くことによる歯科医療に対する不信感や怒り、「このまま治らないのでは」といった不安などの情動面への理解が不可欠になります。

最後になりますが、非定型歯痛に対して、様々な治療法が提唱されているのが現状です。皆さんも検索されると色々な治療法が出てくるのはご存知でしょう。日本歯科医学会の非定型歯痛の診断と治療のガイドライン案でも、抗うつ薬が推奨されています。世界的にもいわゆるエビデンスが高い治療は抗うつ薬になっていることをご案内しておきます。

文献
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Takenoshita M,et al:Clinical features of atypical odontalgia; three cases and literature reviews. Biopsychosoc Med. 3;11:21. 2017.

歯科治療について

先ほど触れましたように、通常の歯科処置やブロック注射では改善しないばかりか、むしろ増悪することもあります。消炎鎮痛剤は無効か、効果があってもはっきりしない場合が多いです。患者さんは「劇的な痛みの消失」を期待して、抜髄や抜歯などの歯科処置を懇願します。歯科医師も患者さんの訴えに巻き込まれてしまい、歯科処置の繰り返しと症状の増悪、さらには健常な歯の喪失という悪循環にしばしば陥ります。

仮歯や仮ふたの状態、抜歯された状況のままで来院される方もしばしばですが、基本的には歯科治療は中断して頂きます。経過中に、万が一、根の治療や虫歯の治療が必要な状況と判断しましたら、一般的な歯科治療の開始を検討します。痛みの神経が落ち着いていない状況ですと、症状の再燃のリスクがありますが必要な治療は行わないといけません。ただたいていの場合は、先ほどのように薬物療法やカウンセリングなどで症状が落ち着いていれば、問題なく治療を遂行することができるようになります。

当院では、そういった一般的な歯科治療のご相談も親身にお受けすることにしています。必要であれば地元もかかりつけ医とご相談させて頂いたり、信頼できる専門医のご紹介や、場合によっては院長自らが引き続いて歯科治療を行っています。